Dharma Budaya
「マンディ・サマサマ」で、ダルマ・ブダヤはおおたか静流(歌)、石濱匡雄(シタール)、小島剛(電子楽器)と共演した。 この文章は、当日のステージに至るまでの、僕、そしてダルマ・ブダヤの奮闘日記である。
塩崎 博史
4月某日、マンディ・サマサマの企画部からある話が舞い込んだ。「おおたか静流さんと共演してみませんか」。おおたか静流といえば、10年以上にわたり日本音楽業界の前線で活躍している、いわゆる売れっ子音楽家。近年はNHK教育テレビで放送されている「にほんごであそぼ」に出演し、大人から子どもまで幅広い人気を得ている。ぜひとも共演してみたい。
しかし、この共演がすんなりうまくいくとも思えない。その一番大きな理由は、マンディ本番までひと月ほどしか時間がなく、おおたかさんと一緒に練習する時間が取れそうにないことだ。そして事前の練習がないということは、当日ぶっつけ本番、ほとんど即興で演奏を行うということである。ここで考えられる問題点は二つ。一つは音階の問題。ガムラン楽器は西洋音階とは異なる、ガムラン音階に調律されている。ガムラン音階は、大抵の日本人の耳には聞きなれない音階なので、ガムランと共演するのは初めてのはずのおおたかさんが、ガムランと共に歌えるかどうかは分からない。もう一つの問題は、即興という手法について。多くのダルマ・ブダヤメンバーは、ガムラン楽器を用いた即興演奏の経験が無く、できるかどうかわからない。
困惑する我々に、マンディ企画部からさらなる連絡が入る。おおたかさんは「にほんごであそぼ」で大人気の『でんでらりゅうば』をガムランでやりたいとリクエストしている。どうやら共演は決定事項のようだ…。 ダルマ・ブダヤでこの共演を引き受ける覚悟を決める。そして、もうすぐ二歳になる娘の影響もありおおたか静流という人物に興味を持ちだしていた私が、おおたかさんと打ち合わせを進めていくことにする。
マンディ企画部に、ステージの詳しい内容を聞く。概要は以下の通り。おおたか静流、ダルマ・ブダヤ、石濱匡雄、小島剛で、40分間の演奏を行う。この40分間はおおたかタイムであり、おおたかさんの好きなようにステージを構成してもらってよい。最後に、おおたかさんからのメッセージがあるという。「『でんでらりゅうば』のキーはDでどうでしょうか」。ガムラン楽器にはDはおろか、西洋音階の調は存在しない…。マンディ本番までひと月、果たしてどのようなステージができるのだろうか。
とにもかくにも、まずおおたかさんと会って、直接話がしたい。おおたかさんが出演するイベントが大阪市内で開催されることを知り、足を運ぶ。この日のイベントでは、おおたかさんは内橋和久さんのギターに合わせて歌っていた。初めて聞くおおたか静流の生の歌声は、透き通った声質で、どこか懐かしさを感じさせる。素晴らしい声だ。一聴して引き込まれた。また、声に加えて、ステージパフォーマンスも秀逸だった。歌の途中で不意に語りを入れる、いきなり客に振り付けを指導する。これらの行動が、聴衆と演奏者の間に親密な雰囲気を作り出していく。
ステージ終了後、おおたかさんと直接話をする機会を得た。自己紹介の後、ガムラン楽器では西洋音階は出せないこと、ダルマが即興演奏に不得手であることを伝えた。しばし沈黙の後、彼女はにっこり微笑み、口を開いた。「なんとかなるでしょう」。どうやらこちらの不安は伝わっていないようだ。また、話しているうちに彼女はマンディ当日のステージ内容について、ほとんど把握していないことが判明した。共演者が誰であるのか、演奏時間とその内容 (おおたかさんの好きにしてよいということ)を説明する。再度しばしの沈黙。そして、またも微笑みながら、「初めて聞く事ばかりですが、了解しました。なんとかなるでしょう」と答えた。僕は、彼女がどのようなステージを考えているのか掴みあぐねていた。しかし、先ほど見た素晴らしいライブのことを思い出し、いざとなったら彼女がソロで歌ってくれるのだと推定した。この目論見は、後に見事に外れることになる。彼女に、ガムランの古典曲を録音した音源を渡し、この日は帰ることにした。
その後、僕は『でんでらりゅうば』ガムランバージョンの譜面製作を始めた。曲の音程、構成は、原曲(「にほんごであそぼ」で演奏されているもの)に近づけることにした。スレンドロ音階がしっくりくるようだ。曲のアレンジは、なるべくガムランの雰囲気が出るように心がけた。そうじゃないと、ガムランでやる意味がない。譜面が出来上がる直前、おおたかさんから一通のメールが届く。「今度のステージは、基本的にずっとガムランが鳴っていて、そのガムランに寄り添うように歌いたいと思います」。初耳だ。不測の事態に戸惑いつつも、とにかく完成した譜面をもとに演奏を録音し、おおたかさんにメールで送る。このとき、実にマンディ本番の1週間前。多忙なおおたかさんは音源をじっくり聞く機会があるのだろうか。ダルマは、何を演奏すればよいのだろうか。不安は日ごとに大きくなっていく。
マンディ・サマサマ当日は、ダルマメンバーも出演者兼スタッフということで、各々に割り振れた仕事を慌しくこなしていく。把握しきれない数の出演者が、入れ替わり立ち代りステージを行う。ダルマ・ブダヤも、東京のガムラン演奏家である村上圭子さん、森重行敏さんを加え、ガムラン古典曲、ダルマのオリジナル曲の演奏を行う。このステージが終わった頃、おおたかさんが会場に到着した。早速おおたかさんとステージの打ち合わせを行う。どうやら僕が送った『でんでらりゅうば』の音源は聞いても、らえているようだ。
話し合いの結果、ガムランが最初に少し演奏した後、おおたかさんが何曲か軽く歌ってから『でんでらりゅうば』をやろうということになる。また、後はガムランが勝手に演奏し、それに合わせておおたかさんは何か歌う。場合によっては、おおたかさんのソロになったり、他の共演者が前に出て演奏したりと、その場の雰囲気に任せ、柔軟に演奏する。話し合いの最後に、彼女はにっこり笑い、またもあの一言、「なんとかなるでしょう」。この話し合いには、石濱さんも参加していたが、小島さんはいなかった。勝手に決めてしまって大丈夫だろうか。ダルマ・ブダヤは、『でんでらりゅうば』以外には古典曲を演奏することに決め、ステージに備える。
そして運命の時が幕を開けた。出演者がステージに揃い、おおたかさんが挨拶を始める。その間に、グンデル、ルバーブがフリーリズムで音を奏で、それに合わせ石濱さんのシタールがチューニングを始める。おおたかさんの話も終わり、いよいよ演奏開始。グンデル、ルバーブ、シタールが静かに鳴り響く。さあ、あとはおおたかさんの歌が入るのを待つのみ。しかし、彼女は歌うどころか観客に向かい、「まだチューニングが終わってないようですね」と語りかける。どういうことだ。もしかすると、このような音楽では、歌えませんよというメッセージなのか。予想が外れ慌てる僕らに、おおたかさんは一言、「さあはじめましょう」。仕方なく、あらかじめ準備していた『でんでらりゅうば』の演奏を始める。前奏が終わり、おおたかさんが歌い始める部分に差し掛かった。ここで、またもや意表をつく出来事が。
おおたかさんの口から出たのは、『でんでらりゅうば』ではなく、日本の童謡。な、何が起こっているのか。顔を見合わせるダルマメンバー。しかし、我々の困惑をよそに、おおたかさんの歌は響き、演奏は続いていく。予定通りに進まないことはよく分かった。こうなったら、状況にあわせて演奏を続けていくしかない。彼女はそのまま何曲か歌いきった後、ふいに『でんでらりゅうば』を始める。ガムラン音階に不慣れなはずのおおたかさんは、最初の数曲でこの音階を捉えていた。流石だ。『でんでらりゅうば』が始まると、観客席の子供たちの顔がぱっと明るくなる。会場はすっかりおおたかさんの世界に変貌した。この後、インドの雨降り歌、インドネシアの歌謡曲、おおたかさんのオリジナル曲等、彼女の思いつくまま、気まぐれに展開していく。石濱さんのシタールは音楽の核となり、全体の演奏を引っ張る。小島さんは、隙間を見つけては、意表をつく音を意表をつくタイミングで鳴らす。時間を重ねるに連れ、演奏全体がまとまっていくのを感じる。おおたかさんは、かねてからガムランのペロッグ音階に合わせて沖縄民謡が歌えるといっていたので、
ペロッグ音階のガムラン古典曲を演奏する。すぐさまおおたかさんは沖縄民謡を歌おうとするが、いまいち音程が合わない。そんなときでも、おおたかさんは顔色ひとつ変えず、観客に向かい語りかける。「あれ、音程が合いませんねぇ、こういうとき楽器の人はよいですねぇ、しれっと演奏を続けられますからねぇ」と観客の笑いを誘う。和やかな空気は崩れることなく、40分間のステージは終了した。
無事演奏が終わり、ほっと胸を撫で下ろす。始まるまでは心のほとんどが不安で占められていたが、いざ演奏が始まると僕は夢中になって楽しんでいた。おおたかさんはステージの始めのMCで、「今日は共演者の皆様、観客の皆様と共に、ジャワに思いを馳せ、遊ばしていただこうと思っています」という意味のことを言っていた。言葉どおり、実際のステージはおおたかさんの遊びで満ち満ちたものとなり、その中に我々も混ぜてもらったのではないか、そんな気がする。僕もステージで遊べるくらい、遊び上手になりたいものだ。
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ダルマ・ブダヤ代表 山崎晃男: info@gamelans.org