Dharma Budaya
2006年の5月、中部ジャワで起きた大地震では、住宅の倒壊により非常に多くの死傷者が出ました。私たちが演奏しているガムランの故郷の大きな被害に、私たちは誰もが心を痛め、地震被害や救援活動についての記事をHPに載せていく相談をしていたある時、メンバーのIさんからこんな発言がありました。
ジャワの地震の報道があった時、家族から「でも、インドネシアの家って、板壁で、屋根はバナナの葉なんでしょう? 軽い造りなのに、どうして地震で家が潰れるの?」と聞かれた。思いも寄らない問いにビックリし、あわてて、「え!? ちがう、ちがう。インドネシアの家はだいたい煉瓦造りで、屋根もバナナの葉ではなくて、瓦屋根で…」と説明しながら、あらためて、「インドネシアのことって、本当に日本では知られていないのだ…」と思い知らされた。HPでは地震についての記事を載せることももちろん重要だが、それ以前に、ジャワの人たちが実際にはどんな家に住んでいるかということを伝えることも大切だと思った。
と。そうすると、Sさんからも「うちも両親が同じようなこと言っていた。」という発言。それを聞いた時、私は一瞬、絶句しそうになりましたが、同時に「確かにそうかもしれない」と思いました。そして、家のことのみならず、衣・食・住の日常生活のなかで、同じようなことはたくさんあるにちがいないと思いました。
地震がきっかけで、日本でも被災地のジャワに関する報道が増えました。でも、そうした報道からはなかなかわからない“ふつうのジャワ”。ふだんのジャワの日常生活を知ってもらうことで、あの地震のもたらした被害がどんなものだったのかが、あらためてわかってくるのではないか。この「エッセイ−ジャワの日常生活」はそんな思いから始まった企画です。
ジャワにガムランを習いに行ったことのあるメンバーが、“行ってみて知ったジャワのふつう”を書きました。短期滞在の中での見聞ですので、限られた経験に基づいています。日常というものはもとより生活してみなければ分からないものですが、「百聞は一見にしかず」とも言います。TVだけではわからない日常も、“一見”すると見えてくることもまた少なくありません。
(林 公子)
“ジャワの人はどんな家に住んでいるのか”って意外と知られていない…、というのが、この「エッセイ−ジャワの日常生活」という企画のそもそものきっかけだった。そこで、ジャワのふつうの家について。
ジャワの家、として真っ先に思い浮かぶのは、漆喰塗りの白い壁と素焼き瓦の屋根だろうか。飛行機から見ると、農村では緑の中に煉瓦色の瓦屋根のかたまりがそこここに見え、町には、やはり煉瓦色の屋根がびっしりと並んでいる。町には、屋根の平らな鉄筋コンクリート造りの2階建、3階建の大きな家もある。強い日射しをさえぎる軒の深い造りは、沖縄のいわゆるコンクリート屋に似ている。
白い壁はテンボッと言われる煉瓦積みに漆喰を塗ったものだ。煉瓦色の瓦は素焼きで、屋根の骨組みにじかに並べられている。地震で倒壊した多くの家はこのようなふつうの家だった。しかし、壁は煉瓦を積んだだけで、柱に鉄筋が入っていないどころか、柱さえなかった家もあったようだ。鉄筋やセメントは高価なので省略してしまったらしい。その結果、多くの家が全半壊し、崩れた壁や落ちてきた瓦の下敷きになってたくさんの人が亡くなった。
昔は、農村などでは椰子の葉を葺いた屋根に、竹を編んだ壁材の家が一般的だったようだ。しかし、竹の壁は涼しいが、耐久性の面で劣るし、みすぼらしい印象があって、70年代ぐらいから、室内がひんやりと涼しく、プライバシーの保てる煉瓦壁、瓦屋根の家への立て替えが進んだという。被災して家が全壊となった知人も、「一応家は再建したが、まだ竹壁だから…」と言っていた。
いつの間にか、話が“日常”から地震の話になってしまった。もう一度、日常に戻ろう。
ジャワの家は赤道直下の強い日射しを避けるためにどの家も軒が深い。ゆったりした椅子とテーブルのセットを置いて、ちょっとした客間スペースになるくらいの広さはある。床は地面の高さと同じ土間床で石やタイル張りだが、家の人は土足では上がらない。ひんやりと涼しいが、床にじかにすわる場合は冷えるから、カーペットやござを敷く。
煉瓦壁に石の床の家は声の響きがよい。初めてジャワに行ったとき、先生の家で歌のレッスンを受けた。いつもより声が良く出るようになって、早速レッスンの効果があがったと喜んだのだが、それは“家効果”だったようだ。日本に帰ったら、前と変わらず、がっかりした経験がある。(林 公子)
サヤスカマンディ、人の名前ではありません。お風呂が好きとインドネシア語で言ってみました。マンディというのが風呂を意味しますが、「風呂」と「マンディ」はまったく別物です。日本では、風呂といえば一日一回、湯船に浸かってタオルで顔をぬぐい「あ~極楽じゃ」と一日の疲れを取るイメージですが、「マンディ」は風呂というより行水のような感じで、朝夕2回、湯でなく水を浴びます。風呂場には、ぱっと見は浴槽のような、大きな水を貯めるところがあり、そこから片手桶で水を汲み、ザバザバと体も頭も洗って、歯まで磨いちゃいます(私はついでに洗濯までしちゃいます)。「お湯じゃない」ところに最初は抵抗を感じ、「えいやっ」と覚悟が要りましたが、私はこの、ザバザバっと掛ける勢いのよさとさっぱり感が好きで、すっかりサヤスカマンディなのです。汗とほこりにまみれて帰ってくると、とても気持ちよくすっきりします。夜にマンディするときも水なので、さすがに気合がいりますが…。
ジャワの人は基本は朝夕2回のようですが、時には出かける前や、人に会う前などにもマンディすることがあるようです。暑い日中、湿度が高く、しかも街中はほこりっぽいため、肌はベトベトになります。手軽にこまめにできるマンディは理にかなっているなと実感しました。それが心地よく過ごす生活の知恵ではないかと思います。
インドネシア語で「kamar mandi」、直訳するとマンディ部屋は、トイレを指します。マンディする場所とトイレはひとつの部屋になっていて、トイレを流す水もマンディの水も同じ水槽の水を使ってます。水を流す場所だから一ヵ所になっているのでしょう。とても親しくさせていただいているガムランの先生の家で、トイレに行きたいなと思ったらザバーッ、ザバーッという音…。マンディ部屋使用中…。ト、トイレ…、となったメンバーがいたとか、いないとか。(松田 仁美)
ダルマ・ブダヤへの質問、コンサート依頼等は下記までお願いします。
ダルマ・ブダヤ代表 山崎晃男: info@gamelans.org